暇な時のお供

5分程の暇な時にどうぞ。

大きな存在が身近な存在

どうも、バツイチ・前科持ち・中卒・個人事業主・実家の借金8億と五重苦の人生を歩んでます。
Daichi(@daichisakedaichi)です。
「湯船に浸かってる時にしか更新しない」をルールに始めてますこのブログ、コンセプトは「暇な時のお供」です。
通勤の電車の中、外食時の料理が出て来るまで、待ち合わせ場所に5分早く着いた時などにしか読まないで下さい。

 

ごめんなさい、今回は湯船の中で書いておりません。でもまぁ、それは誰の迷惑にもならないので良しとさせて下さい。

 

先日、とあるカフェのオーナーの方と会食という名のお酒をただひたすら飲むという出来事の最中の会話で

「自分の親が経営者として超えられない存在だと同じ立ち位置になった時に知ってしまった時の感情について」を話してました。

 

その方はお母さんが一代で作った事の1つを譲り受け、今オーナーとして運営されてて、僕は祖父が作ったパチンコ屋の三代目として育てられてて、実家とは関係ない仕事をオーナーとしてずっとやって来てて。

 

経営者やオーナーになると、一瞬で世界が変わるんです。

 

やりたいアイディアや戦略があるうちは楽しい。辛い事なんて分からない位に熱中出来るし、ひたすら前だけを見れる。

それと同時に、今まで自分がして来た事が如何に甘く、全体も見れてなくて、何一つ計算していない事なのか思い知らされる。

 

その中で、(こんな事をずっと何年も毎日して来たのか…)と思うし、社員だけじゃなく家族や親族の生活を守る為にという重責、重圧。

実家は多い時に社員80人超えていたし、店舗も8つ、カラオケ経営やアパートの運営もしていたのだけど、同じ規模の事を自分が果たして出来るかと考えると、どうすれば良いのか想像もつかない。

 

何一つ叶わない大き過ぎる存在が、身近な存在。

僕は実家とは関係無い職種だし、支援や援助も一切無い(殆ど勘当同然で家を飛び出して起業したので)から、あれこれと親に言われる事は無いのだけど、一緒に飲んでた人は何かしらやはら言われるみたいだし、それが昔は「的外れな事を言われてる」と感じてた事だったのに、実際にオーナーになった後で言われると正論過ぎて言い返せない内容だと理解出来たと話をしてて。

 

そんな話をしながらお酒を傾けては、ため息を時折混ぜては自分の小ささを嘆くという、誰も幸せにならない時間を過ごしていたのですが。

 

大き過ぎる両親を持つ事は、子供にとって良い事ばかりでは無いんだなぁ

と、自分以外にも同じような気持ちになっている人と話しをして感じました。

 

余談ですが、

家族が仲が良い人達を見ると、心がギューってなって、悲しい気持ちと虚しい気持ちと、羨ましいなぁという気持ちが入り混じって複雑な思いになります。

 

僕には、それすら出来なかった。

きっと、普通の人達は当たり前に出来て当然な事なのに。

普通って、尊いね。

当たり前って、当たり前じゃないね。

 

と、突然どうしてこんな内容を書いたかというと、

「アキラとあきら」を読み終わったからです。

 

f:id:himanatokinootomo:20170823175717j:image

 

2人のアキラが、境遇の違うそれぞれの生活を経て、交わって行き、それぞれの宿命と向かい合う内容なのですが。

 

大号泣しました。

小説で大号泣すると、大変です。

涙で文字が読めず、続きを読むのも一苦労します。

そんな、しなくて良い苦労をしてでも読む価値のある一冊でした。